SRID Newsletter No.404-1 July 2009
バナナ・テキスタイル・プロジェクト −最近の動きから−

国連工業開発機関(UNIDO)東京投資・技術移転促進事務所
工業開発官 萩原孝一


UNIDO東京事務所は2001年より全工程無薬品のバナナ紙及びバナナ織布製作技術の普及を支援している。この技術は、熱帯地方で廃棄されているバナナの茎を有効活用することを目的としている。名古屋市立大学では、全工程無薬品でバナナ紙製造技術を開発し、2004年にはトヨタの支援を受けジャマイカに、また2006年には外務省の「草の根無償資金」を通じてウガンダにそれぞれ小規模のバナナ紙製造工房が設立された。

一方、多摩美術大学は、バナナの茎を利用し織布を生産するシステムの構築を目指して「バナナ・テキスタイル・プロジェクト」を2000年に発足させた。廃棄物の利用とデザインを融合させることで環境保全への貢献を視野に入れた本プロジェクトは、文科省の平成18年度現代的教育ニーズ取り組み支援プログラム(現代GP)に選定された。昨年1月学生70名が作成したバナナ繊維を利用した様々な作品(ショール、バッグ、帽子、マット、クッション、カーテン、衣服など)が新宿で展示されたところ1週間で5、000人の観客を集め国内外で話題となった。特にバナナを産出するアフリカ諸国からは熱い視線が寄せられ始めている。2007年7月にはウガンダのカムントゥ産業担当国務大臣が多摩美大を訪問し、その技術を激賞した。ヴィクトリア湖畔の東アフリカ共同体5カ国(ケニア、タンザニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンディ)だけで世界のバナナの17%を産出しており、そこに眠っているバナナファイバーの総量は優に100万トンを超えると言われている。この貴重な資源を有効活用することにより、農村開発、女性企業家育成、貧困対策などに新たなアプローチを構築、展開できる可能性がある。

バナナファイバーからは、すでに商業ベースで衣服をつくる技術が日本で普及し始めている。 例えば、日清紡ではバナナファイバーを15−30%織り込んだジーンズ、シャツ、タオル地、スーツなどが製造され、女性用衣服についてはカタログ販売も開始されている。現在、日清紡にバナナファイバーを供給しているのはわずかにフィリピンだけであるが、年間の総輸出量は10トンと極めて少量にも係わらず、安定供給が難しい状況に陥っている。この状況に鑑み、ケニア、ルワンダ、ウガンダは自国のバナナファイバーサンプルを日清紡に送り、新たなファイバー供給地の可能性を模索している。また、ナイジェリア、ガーナ、カメルーン、マラウィ、マダガスカル、コートジボアールからも、各在京大使館を通じ迅速なプロジェクト化を要請されている。

繰言となるが本プロジェクトは農業廃棄物の有効利用が目的である。バナナ廃材を利用することによりメタンガス発酵を減少できる一方、短期間で生長する巨大なバナナの葉は相当量のCO2を吸収すると言われ、地球温暖化防止の旗頭である「CDM」に大きく寄与できる可能性を秘めている。

昨年5月のアフリカ会議(TICAD IV)は、バナナテキスタイルの可能性を広く世界に紹介し、今後わが国のアフリカへの技術移転の具体例を示す絶好の機会であった。どうすればもっとも効果を上げられるか色々考えた末、バナナの大産出国の大統領にバナナ布の半被をゲリラ戦法で贈呈することを思いついた。幸いなことに多摩美大がこのワイルドなアイデアに乗ってくれ、学生たちがそれこそ寝食を惜しんで完成させた半被をケニア、タンザニア、ウガンダ、ルワンダの各大統領に贈呈することが出来た。各国の国旗や象徴をモチーフとした半被には大統領や側近の大臣たちから賞賛の言葉が寄せられ、その様子は一部マスコミにも大きく取り上げられた。

これを契機として、ウガンダ、ルワンダ両国大統領から正式な招聘状が寄せられるに至り、昨年10月両国を訪問することとなった。チームは多摩美大の学生4名、教授3名、紡績の専門家1名、幣所から2名の計10名の編成であった。両国では学生作品のプレゼンテーションを中心としたセミナーと学生を主体としたワークショップを実施した。現地側からは、政府関係、大学関係、各種研究機関、バナナ農園、繊維関係、学生、NGO,マスコミ関係から数多くの参加者があり、その熱心さに圧倒された。
セミナーではプロジェクトの概要と大学教育、日本の染色文化から得られた知見、制作活動、紡績、不織布などの技術開発と今後の産業化への可能性についてレクチャーが行われた。新鮮でユニークな発想に社会性や時代性を上手くブレンドして学生たちが製作した作品が分かりやすく説明されバナナ布の可能性をアピールした。なかでも、今回のアフリカ訪問のために製作された「風呂敷シリーズ」はそのデザインコンセプトに、日本とアフリカの国際的、学術的、技術的、文化的交流の架け橋になるもの、という学生の強い思いが込められていた。学生たちは文化や民族、言葉の国境を越えて見事にその思いをアフリカの人々に伝え、拍手喝采を浴びた。

ワークショップでは廃棄されたバナナの茎からの繊維抽出、糸作りを紹介し、不織布によるバッグの製作と手織りマットの製作を行った。出来上がった作品はどれも個性的で美しく、アフリカの「バナナ布」の誕生が近い将来可能であることを予感させた。

ウガンダでは図らずも滞在最終日にムセベニ大統領に拝謁し、チームの活動を紹介することができた。しかもその日大統領は首都カンパラから数百キロ離れた遊説先に滞在していたため何と軍用ヘリコプターにての送り迎えとなったのである。今回が生まれて初めての海外渡航となった学生もおり、チームのメンバーにとっては得がたい経験となった。

この拝謁のお陰もあってか、ついにJICAが名乗りを上げてくれることとなり、今月(6月)末にはJICAのグループ研修でウガンダから3名の技術担当者が訪日し多摩美大をはじめとするバナナテキスタイル関係機関、会社などで研鑽を積むこととなった。近い将来ウガンダ国内にバナナテキスタイル研究所が設立され、日本から更なる協力を得て機材供与、専門家や青年海外協力隊の派遣スキームに続くことを期待している。そして、その延長線上にウガンダ人の手によるバナナテキスタイル作品が市場に耐えうる商品として世の中に出回る日を心待ちにしたい。そこまでに至るのは決して平坦な道程ではないが、今回の一連の動きがその突破口となっていることは間違いない。

実は、ルワンダはある意味でウガンダに一歩先行している。本年1月には自費で地元民間企業を含む8人が既に訪日しているのである。その結果、今後の活動につきUNIDO東京事務所と意向書(MOU)を交わすに至り、その提言に従い首都キガリにバナナテキスタイル研究所設立が近々実現する運びである。その後の動きを大いに注目したい。
UNIDO東京事務所がバナナファイバーを手掛け始めてから早8年の月日が経とうとしており世間からは時間がかかりすぎている、とのお叱りも受けているが、目指すゴールに向けようやくではあるが、着実に歩を進めているという実感がある。読者諸氏の応援を心からお願いする次第である。