SRID Newsletter No.403 June 2009

研修事業の評価について


SRID事務局 山下 道子


 開発援助の成果を得るためには、長期的な視点に立った途上国の「人材育成」Capacity Development(CD)が不可欠な要素であるという主張は、日本政府がかねてより国際社会において強調してきたことである。研修員受入事業は日本のODAの原点であり1、JICAは現在でも年間500コース、約8000名の研修員を招聘している。これ以外に、技術協力プロジェクト、コミュニティ開発支援など多くのODA事業にカウンターパート研修、参加型ワークショップなどのCDコンポーネントが組み込まれている。来日した研修員の累積数は約22万人にのぼり、JICAの本邦研修は途上国で広く知られている。
 研修の当初の目的は、途上国の政府関係者に日本の制度・組織、開発戦略などを理解してもらい、二国間関係の強化を図ると同時に、行政、教育、医療、企業、研究などの現場の視察を通じて自国の発展に役立ててもらうことにあった。国によっては研修生の同窓会が組織されており、人的ネットワークが有効に機能している場合もある。しかし1992年のODA改革以後、援助の費用対効果、国民への説明責任などが強調されるようになり、本邦研修も費用に見合った成果をあげているか、という観点から見直しを迫られている。
 2003年度以降、JICAは研修事業の改革を進めており、その一環として研修に対する評価制度の導入が検討されている。改革の柱の一つは、これまで本部が中心となって企画・運営していた本邦研修に対して、JICA現地事務所を通じて研修ニーズのより的確な把握、帰国研修員のフォロー、研修と新規事業の有機的なつながりを強化し、研修事業の戦略性を高めようというものである。
 具体的には、@研修のマンネリ化を防ぐために、本邦の研修委託機関から3年ごとに要請書を提出させ、第三者がそれを評価する事前評価の導入、A研修の成果を研修員個人にとどめるのではなく、所属する組織に還元する仕組みの導入、B研修課題の中で研修員が帰国後実施すべきアクションプラン(業務改革案など)を作成させ、帰国後3ヵ月をめどにその実施状況を報告させるフォローアップの強化、C帰国後1〜3年後に研修のインパクト(組織への波及効果など)を評価する事後評価の導入、D本邦研修の企画・フォローアップへの現地事務所の役割拡大、などが検討されており、現在は試行段階にある。
 これらの改革案に対して、短期的な成果を求めるあまり研修員とJICAの担当者に過大な負担を強いており、長期的視点で実施されるべき研修事業に馴染まない、という批判がある。筆者は2008年度にJICAが実施した事後評価の試行にコンサルタントとして参加し、帰国研修員とその所属組織に対するアンケート調査のほか、ベトナムとタンザニアにおいて研修員とその上司へのインタビュー調査を実施した。
 試行を通じて、@異動により研修員との連絡が途絶え、アンケートの回収率を上げるために多大な労力を要する、A一般的に面談者やアンケートの回答者はJICAの研修を高く評価しているものの、逆に「高く評価するものが回答している」というSelection Biasを否定できない、B帰国後の組織的対応を重視するあまり、アクションプランの実施状況や上司の対応について報告を求めるフォローアップが研修員を追い詰めているケースがあり、報告を受ける側の担当者も大きなストレスを抱えている、などの問題点が明らかとなった。
 これらは研修評価の本質に係る問題である。評価する側にも3週間程度の短期研修にどこまで成果を期待すべきか、フォローアップにより研修員の体験、学習、知識を組織に定着させることができるか、予算や権限のない組織にアクションプランの実施(業務改革や新規プロジェクトの提案)を望むことは現実的か、といった疑問を抱かせる。
 新興工業国の場合は外資企業などへの転職の機会が多く、研修員の組織への忠誠心を前提とすること自体が現実に合わなくなっている。JICAの中でも個別研修員への働きかけにより組織への定着を促すのではなく、同じ研修コースに同一組織から継続して(場合によっては複数の)研修員を参加させることにより、組織のコミットメントを確保することが妥当であるとして、参加国の多様化にこだわる方針を転換しようとする動きが出ている。研修成果が個人でなくKnowledgeとして組織に定着すべきだという考えである。
 途上国によっては研修窓口が外務省などに一本化されており、政府のOwnershipを盾に窓口の一方的な判断で研修コースや参加組織が選定される、という弊害がある。また多くの現地事務所では一人の研修担当者が各研修員への情報提供から日本への送り出しまでロジの面倒を見ているため、研修内容のチェックや帰国後のフォローまで手が回らない状態にある。それを各分野の担当者がプロジェクトと併行して研修をモニタリングすることにより、研修とプロジェクトとの有機的な繋がりを形成し、研修事業のより戦略的な活用を促すことも、研修改革が目指す方向性の一つである。
 ところで、他のドナーは研修事業をどのように評価しているのであろうか。世銀評価グループは2008年に評価報告書2を公表し、Project-based Training(プロジェクトに関連した研修で研修事業の9割を占める)とWBI Training(世銀研究所が実施する研修でJICAの本邦研修に対応)を比較している。それによれば、研修の成功要因として、研修内容が絞られており、かつ研修員の仕事に密接に関係していることをあげている。その観点から、プロジェクト研修の方がWBI研修より優れているとしている。これに対して世銀の理事会は、断定的な結論を下すにはサンプル数が少な過ぎるとコメントしている。
 JICAが打ち出した研修現地化の方針は、研修ニーズの把握、対象となる組織と研修員の選定への関与、関連プロジェクトと研修とのシナジー効果、新規プロジェクトへの誘導、帰国研修員と事務所との関係強化、などの観点から望ましいものであるが、現地スタッフの強化がともなわなければ実現は困難である。研修成果のフォローは必要であるものの、それが実情にそぐわなければ成果主義の弊害に陥るおそれがある。上司から明確な課題を与えられて参加した研修員は限られており、研修成果が組織に定着したかどうかを事後評価の基準とすることは必ずしも現実的でない。
 以上のように、試行を通じて研修評価の様々な問題点が浮かび上がっており、評価基準の設定は簡単ではない。日本評価学会では春季全国大会3で「研修評価セッション」を設け、開発関係の実務者を中心に検討を行った。(了)

1 研修員受入事業は日本がコロンボプランに加盟した1954年に開始され、二国間ベースでアジアからの研修員16名を受け入れたことにより開始された(JICA東京ホームページより)。
2 “Using Training to Build Capacity for Development: An Evaluation of the World Bank’s Project- Based and WBI Training”, World Bank Independent Evaluation Group, 2008
3 2009年6月13日(土)に政策研究大学院大学において開催。